入門用・小講義「generalization を目指して」 (1993/2002)

 これは、これから言語学を始めようとしている人たちに向けた短い講義の原稿です。初めてこの材料で講義をしたのは1993年6月22日のことでしたが、今回、ここに載せているのは、今年若干の改変をほどこしたものです。
 ここでは、言語学で求められている作業のイメージを持ってもらおうというのが第一目標なので、なるべく生成文法に偏らない説明の仕方を目指しています。そのため、この現象にどのように文法が関わっているのかという問題は追及していません。出発点までたどりつくまでの道のりを説明しているようなものです。本当に難しいのは、そこからどういうふうに進むかということだと思いますが、出発点までたどりつくのも、ある程度の知識と手順が必要だと思うので、あえて書いてみました。
 ここで取り上げられている現象については、以下の論文を書きましたが、どれも留学前のもので、あまり文法観が定まっていなかった頃のものです。
  • 1990年 "「か」のない yes-no 疑問文の構造と I-to-C 移動の普遍性について", Kansai Linguistic Society, vol.10, pp.23-32.
  • 1992年 "I-to-C Movement as a Last Resort of Licensing [+Wh]," 未発表原稿.
  • 1993年 「機能範疇と機能素性の認可条件」、『研究論叢』 vol.40, pp.58-75. 京都外国語大学。
現象としては今でも興味を持っていますが、この現象が文法という仕組みの何らかの側面を明らかにしてくれるものであるのかどうかということについては、現在は保留の立場です。

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連載第1回
 この「generalization を目指して」について
 0.きっかけに出会う
 1.目標
連載第2回
 2.思いつきを形にする
 3.反例を見つける
連載第3回
 4.generalization の言い方を吟味する
  4.1. 真偽疑問文/疑問語疑問文
連載第4回
  4.2. 「か」のある疑問文
連載第5回
  4.3. 間接疑問文
 5.まとめ
 6.generalizationの先にあるもの


「generalization を目指して」
第1回
0.きっかけに出会う
 ことばには、いろいろな謎がある。言語学の目標は、そういうことばに関する謎を解いていくことである。ところが、日常のわたしたちは謎を謎とも思わずにことばを使っている。したがって、言語学の研究は、その隠れた謎を掘りおこし、追究可能な問題を提起するところから始めなければならない。言語についての知識が深まれば深まるほど、謎が謎を呼び、問題をさがすのに困らなくなっていくが、初めのうちは、とりあえず、うまく謎にめぐり会うのを待つしかないこともある。普段から、ことばを観察する習慣をもって、きっかけに出会う機会をたくさん持つようにするのが一番の方法だと思う。
 さて、次のような「謎」に出会ったとする。

(1) a. この問題はやさしい。
  b. この問題は簡単だ。
(2) a. この問題(は)やさしい?
  b. *この問題(は)簡単だ?

(1a)と(1b)は同じような意味であるにもかかわらず、(2a)は言えても(2b)は言えない。このような "minimal pair" が見つかったとき、謎は単なる謎ではなく、言語学における問題提起になりうる。

(3) 問題提起:
  (2)のような疑問文の場合、なぜ(2a)は容認可能なのに(2b)は容認不可能なのか。

 以下では、この問題提起を例にして、対象となる現象についての理解を深めていく方法の例を示したい。1.では、まず、何を目指してすすめていくのかということを述べ、2.ではたたき台の作り方、3.と4.ではその改良の仕方について述べる。

1.目標
 言語学の目標は、言語というものの特徴を明らかにしていくことであるが、(2a)にしろ、(2b)にしろ、単なる1つの例文にすぎないので、これだけでは、言語全体に関する特徴とは言えない。その例文が、言語全体に関係のある何らかのグループの代表例であるということを示さないかぎり、「その例文に関する話」は「言語に関する話」になってくれない。そこで、まず目指さなければならないのは、(3)の「謎」をgeneralizationとして表現することである。

(4) generalization の型:
  ...の場合、〜なら容認不可能となり、そうでなければ容認可能となる。

(4)の形で表現するということは、初めに見つけた例文が代表例となるようなグループを見つける作業にほかならない。
 ここで重要なのは、次の2点である。

(5) generalization をする場合の留意点:
 a. (4)の「〜なら」の部分で、条件が客観的に述べられていること。
 b. (4)の「...の場合」の部分で、それが全体の中のどういう部分の話かということが明確にされていること。

 generalization をする目的の1つは、自分がとらえたことの真偽をはっきりさせるということである。あとで間違っていることがわかれば、その時点で直せばいいのであるから、現時点でわかっていることを過不足なく表現することが必要である。したがって、どうにでもとれるような条件では意味がない。新しい例文と出会ったとき、それが (i) 証拠になるのか、(ii) 反例になるのか、(iii) 関係ないのか、即座に判断できるように、条件が客観的に述べられていなければならない。
 また、generalization というと、つい全般にわたったものでなければならないと思いがちだが、ここで言っているgeneralizationとは、「今問題になっているすべての要素」に対してあてはまることを述べることである。全体との関係が明らかであれば、どのような小さなグループに関することであれ、間接的に「全体」との関係が保たれるので、言語学の目標からずれていないことになる。反対に、いくら大きなグループに関することであっても、そのグループと言語全体との関係が不明瞭である場合には意味がない。
 ただし、どうすれば「全体」との関係を示したことになるかということは難しい問題の1つであり、具体的な方法は、どのような立場で言語学に取り組んでいくかによって異なってくる。以下では日本語の文法の記述を目指すという立場をとるので、仮に次のような目安をたてておく。

(6) 記述の段階で全体像を意識するための1つの方法:
  現象がゆるすかぎり、体系的に書かれた文法書(たとえば『基礎日本語文法』)の用語を用いて述べるようにする。

では、以下で具体的な方法のいくつかを紹介していこう。
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