今ノトコロの解釈と意味機能

言語学・応用言語学専攻 割鞘 優子

1. 問題

「今ノトコロ」を含む文が肯定文か否定文かで容認可能性に差が出ることがある。

(1)  a. 太郎は今のところクッキーを食べている。

   b. 太郎は今のところクッキーを食べていない。

(2)  a. *太郎は今のところ田舎の暮らしに慣れている。

   b. 太郎は今のところ田舎の暮らしに慣れていない。

どうして、このような違いがあるのだろうか。

2. 行動系列における変化の可能性

(3) 提案:

   主語の状態が変化する可能性がある場合は、今ノトコロの容認可能性が高く、変化する可能性がない場合は容認可能性が低くなる。

(4) (1a,b)の場合:太郎の行動系列

   食べていない→食べている→食べていない→食べている→食べていない→…

               ↑今(1a)   ↑今(1b)

(5) (2a,b)の場合:太郎の行動系列

   慣れていない→慣れている(*→慣れていない)

     ↑今(2b)   ↑*今(2a)

容認可能性が低い文でも、文の補足により容認可能性が上がることがある。

(6)  a. *この事件は今のところ解決している。

   b. この事件は今のところ解決していない。

(7)    この事件は今のところ解決している。しかし真犯人は別にいるはずだ。

(8)  a. ??花子は今のところスカイダイビングを体験している。

   b. 花子は今のところスカイダイビングを体験していない。

(9)    花子は今のところスカイダイビングを体験したことがある。しかしバンジージャンプはまだ体験していない。

また、否定状態から肯定状態への変化とは逆に、肯定状態から否定状態への変化もある。

(10)  a. 花子はケーキを食べたいが、今のところ我慢している。

   b. *花子はケーキを食べたいが、今のところ我慢していない。

(11) (10a,b)の場合:花子の行動系列 案1

   我慢している→我慢していない(*→我慢している)

      ↑今(10a)   ↑*今(10b)

肯定状態・否定状態の変化ではなく、主語の行動の変化と考えることも可能である。

(12) (10a,b)の場合:花子の行動系列 案2

   (ケーキを)我慢する→食べる→テレビを見る→風呂に入る→寝る→…

変化の可能性が無いため、今ノトコロが容認できない例。

(13)  a. *太郎は今のところ死んでいる。(瞬間動詞)

   b. *花子は今のところ母親に似ている。(第四種の動詞)

   c. *太郎の部屋は今のところ南に面している。(第四種の動詞)

3. 考察

(14)  トコロの意味機能

   トコロは部分を表し、それが取る記述によりその部分を全体に位置づけるというのが基本的な意味である。全体が、空間である場合には、空間の位置を表す。全体がスケールである場合には、そのスケールのなかの位置を表す。(田窪・笹栗2002:23)

「今ノトコロ」が現れるとき、想定される全体には、一動作だけではなく、「今」以降に転じうる複数の状況を必要とする。

(15)  a. 卵割り機が卵を割っているところだ。

   b. *卵割り機が今のところ卵を割っている。

(16)  シーン・カットの選択(田窪・笹栗2002:20に基づく)

   始め         最中        終わり

    |――――――― □―――――――| 時間

(17)  (15a,b)卵割り機(の行動系列)

             卵を割っている

    |――――――――□――――――――――――――――――→ 時間

(18)  「今ノトコロ」の意味機能

   「今ノトコロ」は、あるスケールを全体とし、「今」によって取り出した部分を全体に位置づける。ただし、「今」によって部分が取り出せるのは、主語(主題)の行動・状況が変化性をもつときである。

参考文献

田窪行則・笹栗淳子(2002)「日本語条件文と認知的マッピング」、大堀壽夫(編)『認知言語学U:カテゴリー化』pp.135-161, 東京大学出版会.

寺村秀夫(1992)「トコロ」の意味と機能」『寺村秀夫論文集−日本語文法編−』pp.321-336,くろしお出版.