複合動詞V‐カケル/カカルは、アスペクトを示す用法と語彙的な複合動詞というふたつの用法を持ち、両方に数多く表れる。
(1) a. 電柱にぶつかりかけた。/火が消えかかっている。〔アスペクト〕
b. 太郎は花子に話しかけた。/次郎が太郎に殴りかかった。〔語彙的複合動詞〕
アスペクトを示すV-カケル/カカルは、語彙的なV-カケル/カカルとは文法的に異なる性質を持つ。
本論文では、アスペクトを示すV-カケルとV-カカルの違いについて考察した。
(2) a. 思わず署名欄に旧姓を{書きかけ/書きかかっ}た。
b. レポートは途中まで{書きかけ/*書きかかっ}て、放置している。
アスペクトを示すV-カケルとV-カカルは、動作の未遂の意味を表す。動作が実現する寸前である場合にはV-カケル/カカル両方が使われるが、動作が開始・進行している場合はV-カケルのみが使われる。
(3) a. 宿題の提出日は9月1日だから、お盆までには{やりかけ/*やりかから}ておかないと間に合わない。
b. 四月になると、校庭の桜は{散りかけ/*散りかかっ}ている。
(4) a. 煙草を取り出して{吸いかけた/吸いかかった}ところに、花子がやってきた。
b. 電話のベルが{鳴りかけた/鳴りかかった}が、切れてしまった。
また、動作が実現する前である場合も、V-カケルは主観的・継続的・意志的な文脈に馴染みやすく、V-カカルは客観的・瞬間的・非意志的な印象を与える傾向がある。
(5) a. 宿題はもう{終わりかけて/終わりかかって}いるから、遊びに行こうよ。
b. 植木鉢がベランダから{落ちかけて/落ちかかって}いる。
(6) a. 太郎が次郎を{殺しかける/殺しかかる}
b. 子どもたちはもう{出発しかけて/出発しかかって}いる。
(7) a. 作りかけ、読みかけ、終わりかけ、*落ちかけ、*置きかけ
b. *作りかかり、*読みかかり、*終わりかかり、*落ちかかり、*置きかかり
現代日本語においてアスペクトのV-カケル/カカルは混同が進んでいる。語形・意味の類似性が非常に高いことはもちろん、語彙的複合動詞と誤解されるのを回避するために、話者が意識してV-カケルとV-カカルで語彙的複合動詞が表れないほうを選んで発話することがあるという事実も混同の一因になっていると考えられる。
(8) a. ??太郎は花子の大事な秘密を、次郎に話しかけた。
b. 太郎は花子の大事な秘密を、次郎に話しかかった。
本研究では、アスペクトのV-カケル/カカルは動作の未遂を示す点で共通しているが、V-カケルは動作が途中まで進行していることも示すことができるのに対し、V-カカルは動作が実現の寸前であることのみを示すことがわかった。この違いは、V-カケルとV-カカルの根本的な性質の違いによって起こる。またV-カケルとV-カカルの両方が使える文脈でも、どちらを使うかによって受ける印象が異なる場合がある。
また、考察を進めるなかで、アスペクトの用法と語彙的な用法の関係についても、両者が文法的に異なる性質を持つこと、語彙的な用法のほうがアスペクトの用法よりも前後の語の結びつきが強く、これがアスペクトの用法にも影響を及ぼしているらしいことがわかってきた。
姫野昌子(1999)『複合動詞の構造と意味用法』東京:ひつじ書房
金田一春彦(1976)「日本語動詞のテンスとアスペクト」『日本語動詞のアスペクト』27-61.東京:むぎ書房
佐治圭三(1992)『外国人が間違えやすい日本語の表現の研究』東京:ひつじ書房