(1) 偽物のルビー(本物のルビーに似せて作られた赤い石)
≒ ルビーの偽物(同上)
(2) 偽物の手帳(誰かがある手帳の記入内容をまねて作った手帳)
≠ 手帳の偽物(外見は手帳のようだが、蝋でできていて、手帳ではないもの)
(3) 疑問:「偽物のN」と「Nの偽物」の示す意味がほぼ同じに解釈されたり、異なるように解釈されたりするのにはどのような要因があるのか。
本論文では、「偽物」という表現の意味について、またそれとNとを繋ぐ格助詞「の」について考察した。
(4) 「偽物」の2つの意味
a. PN:
「N」の本質的な性質はほぼ保持しつつも、ある点(所有者、色、形、製作者など)については「本物」と異なっている物。
「実際にはNそのものであるが、所有者が違う」というように、「物理的にNそのものであるか否か」が問われない場合。
a. ¬PN:
Nの外見や状態のみを模したもので、「物理的に見てNそのものである」ために必要な性質をかなりの割合で欠いている物。
(5) 「偽物のN」... PNになる場合と¬PNになる場合とがある。
「Nの偽物」... 通常、¬PNになる。
<(4)の説明>
宝石やお金、金メダルなどの貴重品・希少品の類は、その物の物理的な真贋が最大の価値基準になることが多い。つまり、「PN」ではなく「¬PN」という観点が最も関心を引く点となる。その結果、貴重・希少品の類においては「PN」を想像するのが比較的困難で、「偽物のN」と言う場合にも、物理的な物としては「¬PN」を想像し採用していると考えられる。この類の名詞を、「所有者」「色」「形」などの違いによって「PNである」とする場合には文脈が求められる。
これに対して、それ以外のありふれた物の場合、「物理的にNであるか否か」という点(¬PN)は、必ずしも最大の価値基準とはならない。そのかわり、例えば「誰のNか(所有者)」「何色のNか(色)」「どのような形態のNか(形)」など、「物理的にNである」ことは前提として、そのほかの点における状況が価値基準となることが十分考えられる。
<(3)に対する解決>
(6) Nとなる名詞が、「"物理的にNであるか否か"が、その物の最大の価値基準である」という性質を持っている場合、「偽物のN」と言うときも「物理的にNではない」ことを意味する「¬PN」を採用することが多くなる。つまり「偽物のN」と「Nの偽物」の意味がほとんど変化せず、ほぼ同じ物を想像する。
(7) Nとなる名詞が、「"物理的にNであるか否か"の他に、"Nの所有者/色/形/製作者が異なる"という点も、その物の大きな価値基準となることが多い」という性質を持っている場合、(4)に挙げた「所有者」「色」「形」などの違いによる「PN」を想像することが容易である。つまり「偽物のN」と「Nの偽物」の意味が変化しやすく、異なる物を想像する場合が多い。
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