逆接の用法を持つ接続助詞は多くあるが、それらは全ての文脈で同じように使えるわけではなく、次のような文では容認可能性に大きな差異がある。
(1) a. あの人は肝心なときに黙っていたくせに、今頃あれこれ口を出されては不愉快だ。
b. *あの人は肝心なときに黙っていたが、今頃あれこれ口を出されては不愉快だ。
(2) a. ??突然のことで驚いたくせに、とても嬉しかった。
b. 突然のことで驚いたが、とても嬉しかった。
この容認性の差が何の影響によるのか、文脈と接続助詞の関わりについて考察する。
「くせに」は、話者が非難・不満・詰問といった否定的な感情を持って発話していると考えられる文脈において用いられる。
(3) 腹痛で学校を早退したくせに、どうして遊んでいるんですか。
主文を省略した終助詞的用法もしばしば見られ、「くせに」そのものに否定的なニュアンスがあると考えられる。
(4) 私のことを愛していると言ったくせに。
一方、以下のように話者が非難の感情を表しているとは受け取れない文では、「くせに」という逆接助詞は選択されない。
・話者の感情が中立的(非難も賞賛もしない、事実の描写など)
(5) a. ??渋谷駅の周辺は、終電間近のくせに大勢の人が行き交っている。
b. ?午後二時頃というのは昼間のくせに、眠いものである。
・話者の感情が肯定的(好感を持っている、快い気持ちである、など)
(6) a. *日本チームはライバルである韓国に敗れたくせに、2位という好成績を残せてよく頑張った。
b. *彼は苦学していたくせに、東大に見事合格した聡明な青年だ。
禁止・否定依頼文は「くせに」と共起しやすいが、それは禁止・否定依頼文が非難の文脈を持ちやすいからであり、非難の文脈を持たない場合は「くせに」を許容しない。
(5) a. さんざん他人を巻き込んだくせに、今更責任逃れはやめて下さい。
b. 人の気持ちがわかっているくせに、じらすな。
c. *あなたも大変な問題を抱えているくせに、私などのために無理をなさらないでください。
d. *君は今でも十分優秀な成績を修めているくせに、あまり頑張りすぎるな。
つまり、逆接助詞の選択に影響を与えるのは、文法上の特定の形式や文の表意ではなく、発話者の非難の意図である。
発話においてどの逆接の接続助詞を選択するかには発話者の主観的感情が影響し、話者が発話に際してこめた感情が肯定的であるか、否定的であるか、どちらでもなく中立的であるかによって、各逆接助詞の容認性は上下する。
どの逆接助詞がどのような文脈と共起するかを表にすると以下のようになる。
肯定的 | 中立的 | 否定的 | |
---|---|---|---|
くせに | × | × | ○ |
のに・にもかかわらず | △ | ○ | ○ |
ながら | ○ | ○ | ○ |
つつ | ○ | − | ○ |
ながらも | ○ | ○ | × |
つつも | ○ | − | × |
が・けれど・けれども | ○ | ○ | × |
「くせに」はそれ自体に単独でも非難の意味合いがあり、最もはっきりと非難の意図を反映する。次に、「ながら」「のに」「にも関わらず」「つつ」が、非難の意図と共に用いられ、中でも「ながら」「のに」は終助詞的用法が見られることから、「くせに」に準じて話者の感情を反映しやすいと思われる。それに対し、「ながらも」「つつも」「が」「けれど」「けれども」は非難の文脈とは共起しにくい。このように、ほぼ同様の意味を持つとされている「ながら」と「ながらも」、「つつ」と「つつも」の間にも差異がある。
南不二男(1993)『現代日本語文法の輪郭』大修館書店
角田三枝(2004)『日本語の節・文の連接とモダリティ』くろしお出版