コピュラ文「AハBダ」には、(1)〜(12)にみられるようにさまざまなタイプのものが存在する。
(1) お母さんは、専業主婦だ。
(2) お母さんは、台所だ。
(3) 犯人は、あの建物だ。
(4) 父は、この会社の社長だ。
(5) こいつは、山田村長の次男だ。
(6) 目の前のひとは、自分の夫だ。
(7) 犯人は、あの男だ。
(8) 幹事は、田中だ。
(9) 事件の鍵は、本当の殺害現場だ。
(10) この事件は、未解決だ。
(11) 年齢は、彼女の秘密だ。
(12) 一太郎は、このパソコンだ。
たとえば西山(2003)では、コピュラ文を大きく分けて「措定文」「倒置同定文」「倒置指定文」の3種類に分類している。
(13) 措定文(predicational sentence) (1)(2)(3)(4) (cf. 西山2003: 123)
Aで指示される指示対象について、Bで表示する属性を帰す。且つ、Aは指示的名詞句であり、名詞句Bは叙述名詞句である。変種として「所在コピュラ文」もある。
(14) 倒置同定文 (5)(6) (cf. 西山2003: 170)
倒置同定文の名詞句A,Bは、ともに指示的名詞句である。且つ、名詞句Bは、名詞句Aを同定するための特徴記述を満たすものである。
(15) 倒置指定文 (7)(8)(9) (西山2003: 135, (66))
倒置指定文の名詞句Aは変項名詞句であり、Aという1項述語を満足する値をさがし、それをBによって指定(specify)する。
しかし、この分類では、(10)(11)(12)はいずれのコピュラ文の分類にも当てはまらない。また、(4)は措定文、(5)(6)は倒置同定文とされているが、これらの意味的な差異が明確であるとはいえない。本論文では、コピュラ文の新しい分類基準を提案するものである。
たとえば、措定文(1)(4)と倒置指定文(7)(8)(9)とは、次のように「Aダケ(ガ)Bダ」と「BシカA〜ナイ」という形に変えてみると、その容認性がはっきりと異なるパターンになる。
(16) a. お母さんだけが、専業主婦だ。
b. *専業主婦しか、お母さんではない。cf. (1)
(17) a. *犯人だけが、あの男だ。
b. あの男しか、犯人ではない。cf. (7)
また、この観点でいくと、倒置同定文の(5)(6)も、西山2003でうまく分類されていなかった(10), (11)も措定文(1)(4)と同じグループということになる。
(18) a. 年齢だけが、彼女の秘密だ。
b. *彼女の秘密しか、年齢ではない。cf. (11)
これに対して、(2)(3)は、さらに異なるパターンを示している。
(19) a. お母さんだけが、台所だ。
b. *台所しか、お母さんではない。cf. (2)
b'. 台所しか、お母さんはいない。
(20) a. 犯人だけが、あの建物だ。
b. *あの建物しか、犯人ではない。cf. (3)
b'. あの建物しか、犯人はいない。
このように、ダケ/シカを利用すると、(1)から(12)の例文ははっきりと以下のように分類される。
(21) 分類1: (1)(4)(5)(6)(10)(11) 分類2: (7)(8)(9) 分類3: (2)(3)(12)
では、この分類は、コピュラ文のどういう特徴を反映したものなのであろうか。本論文では、上山(2011, 印刷中)の意味表記システムに基づいて、コピュラ文の解釈を記述した。上山(2011, 印刷中)では、脳内の具体的なモノ/コト(Object)についての情報は、それぞれの属性(attribute)とその値(value)の組の集合という形で記憶されていると仮定している。
(24) a. X13:名称=山本武,職業=教師,性別=男性,年齢=25,婚姻状況=未婚,…
b. E84:名称=OL殺人事件,犯人=X54,被害者=X304,…
そして、すべての語彙は(25)から(28)の4種類に分類される。
(25) a. x型:valueに相当する表現であり、モノ(individual)との同定が可能である。
b. e型:valueに相当する表現であり、コト(eventuality)との同定が可能である。
c. v型:attributeに相当する表現であり、その値(モノ/コト/数量等)を指示する。
d. p型:attributeに相当する表現である場合と、valueに相当する表現である場合とがある。いずれの場合も「あるオブジェクトのattributeがそのようなvalueであること」を意味し、オブジェクトとの同定は行われない。
このように考えると、上の分類1〜3は、次のような点で自然類をなしていることがわかる。
(29) 分類1 ... 「AはBだ」のBがx/e型でない。
分類2 ... 「AはBだ」のAがv型である。
分類3 ... 「AはBだ」のAもBもx/e型である。
さらに、同じ分類1でも、(1)と(11)とでは、コピュラ文の解釈が大きく異なる。その違いは、「AはBだ」のAが、x/e型であるか、p型であるかという違いに帰することができる。また、分類2の中でも、(8)と(9)は少し解釈が異なるが、これも、「AはBだ」のBがx/e型であるか、p型であるかという違いである。