日本語における区別表現
―「別の/他の/異なる/違う」について―

言語学4年 百崎晃平


1. 「別の/他の/異なる/違う」

 「別の/他の/異なる/違う」は、どれも英語のdifferentに相当する、よく似た日本語の表現である。問題となる二つの対象が取りうる範囲はある程度定まっており、どんな対象同士でも取りうるわけではない。二者を区別する表現である以上、原則的に、「同一の二者」と「隔絶し過ぎた二者」は二つの対象になることができない。
 本論文では、「別の/他の/異なる/違う」にどのような違いがあるかということを明らかにした。

 

(1)  「別の」:外面的差異を重視し、区別対象の間にある差異は近しいグループの範囲内の小さな差異であり、両者を明確に区別する意味合いが強い。

(2)  「他の」:外面的差異を重視し、区別対象の間にある差異は近しいグループの範囲内の小さな差異であり、両者を区別するにとどまる。

(3)  「異なる」:内面的差異を重視し、区別対象の間にある差異はグループそのものの差異という大きな差異であり、事の正否の意を含まない。

(4)  「違う」:内面的差異を重視し、区別対象の間にある差異はグループそのものの差異という大きな差異であり、事の正否の意を含む。

 

2. 「別の・他の」対「異なる・違う」

2.1. 外面的か内面的か

 「別の/他の」は対象の間で、容姿のつくりや年代といった外面的・表面的な要因で、二つの対象を区別している。「異なる/違う」は対象の間で、性質や時代背景などといった内面的・本質的な要因で、二つの対象を区別している。

 

(5)  状況:同じ場所に一卵性双生児の花子と良子がいる。

  a. 花子は (良子とは) {別の/他の} 人だ。

  b. 花子は (良子とは) { 異なる/違う} 人だ。

(6) a. 源頼朝と徳川家康は {別の/他の} 時代に生きた。

  b. 源頼朝と徳川家康は {異なる/違う} 時代に生きた。

 

2.2. 二つの対象間の差異

 「別の/他の」の二つでは、区別表現の前にある第一対象と後にある第二対象を区別するのは小さな差異であり、両者は「AとA´」という近似的な関係性で表される。一方、「異なる/違う」の二つでは、第一対象と第二対象を区別するのは大きな差異であり、両者は「AとB」という関係性で表すことができる。

 

(7)  状況:太郎のカサ (折りたためない洋傘) と同種の洋傘、和傘が一つずつ、計三つのカサがカサ立てに残っている。

  a. 太郎のカサとは {別の/?他の} のカサだ。

  b. 太郎のカサとは {異なる/違う} カサだ。

(8)  状況:一台のロードバイクと二台のママチャリがある。その中で、一台のママチャリを指さしながら。

  a. これとは {別の/?他の} 自転車だ。

  b. これとは {異なる/違う} 自転車だ。

 

3. 「別の/異なる/違う」対「他の」

 「別の/異なる/違う」といった表現では、二つの対象間に存在する差異そのものに焦点を当てており、両者は対等である。一方、「他の」という表現では、第二対象に焦点が当てられ、対象間にある差異に軽く触れることで、後々述べられる第二対象を補足する役割が強く、両者を区別する役割はその副次的な役割にすぎない。

 

(9)  状況:以前失敗したパズルに再挑戦する。

  a. 前回とは {別の/異なる/違う} 手段を試す。

  b. ?前回とは他の手段を試す。

(10)  状況:以前失敗したパズルに再挑戦する。

  a. 前回の手段ではなく、 {別の/異なる/違う} 手段を試す。

  b. 前回の手段ではなく、他の手段を試す。

(11)  状況:以前失敗したパズルに再挑戦する。

  a. 前回の失敗を踏まえ、(前回とは){別の/異なる/違う} 手段を試す。

  b. 前回の失敗を踏まえ、他の手段を試す。

 

4. 「異なる」対「違う」

 「異なる」は対象を区別・比較するだけにとどまり、正しくない、間違っているといった事の正否は問わない。両者を区別・比較する意識に重点がおかれているのみである。「違う」は対象を区別・比較するだけでなく、正しくない、間違っているという事の正否にまでも解釈が及ぶ。

 

(12)  状況:先に花子が24と解答した。

  a. 太郎の解答が (花子の解答24とは) 異なる。

  b. 太郎の解答が (花子の解答24とは) 違う。

(13)  状況:黒板の数学の証明問題に答える。

  a. 太郎の解答が (模範解答とは) 異なる。

  b. 太郎の解答が (模範解答とは) 違う。