(1) ア:話し手が過去に直接経験として出会った対象を指す。 (金水 田窪 1999)
(2) コ:実質的なものを指す。 (吉本 1992)
(3) ソ:ア/コの指せない無標的なものを指す。 (江口 2011)
本論文では、指示詞コ/ソ/アの一形式である、コウ/ソウ/アアの用法にどのような制限があるかということを調べた。
(4) アアは、アレ/アソコ等と基本的に共通であり、話し手が指示対象を直接的な経験によって知っており、記憶の中の対象を指すのに適切な場合に容認される。
(5) ソウは、ソレ/ソコ等とは若干異なり、先行文の生起に関する制限を持たない。
それに対して、もっとも特徴的な指示特性を持つのがコウである。本論文では、様々な文脈においてコウ/ソウを比較し、コウには、以下の(6),(12)の2つの制限があることを明らかにした。
(6) コウは、コウを含む述部動詞の行為者の発話内容が先行文に示されていなければ容認されない。その場合、先行文をコウを含む述部動詞に合わせた口調で発言する方がよりコウの容認性が上がる。
たとえば、(7)のような文脈ではコウは容認されるが、(8)では、ほとんど同じ文脈であるにもかかわらず、コウが容認されない。
(7) A 太郎がM大に受かったって言ってたよ。
B へぇ、で、太郎はM大とN大どっちに行くの?
A 知らないよ。太郎が{こう/そう}言ってるのを聞いただけなんだから。
(8) A 太郎がM大に受かったらしいよ。
B へぇ、じゃあ太郎はM大とN大どっちに行くの?
A 知らないよ。太郎が{*こう/そう}言ってるのを聞いただけなんだから。
(8)のように先行文が「らしい」を伴っている場合には、太郎の発話が実質的にどのようなものであるかが示されていないので、コウが容認されなくなるのである。また、(9),(10)のようにコウが容認される場合に、必ずしも、示されている発話内容が実際の発話の言葉通りであるとは限らない。
(9) A 太郎、花子の結婚式来れないって! (実際:「(花子の結婚式に) 行けない」)
B え?そうなの?
A 今電話で{こう/そう}言ってた。
(10) A 社長から伝言を預かりました。明日の会議の件ですが、社長は出席されないということです。 (実際:「(明日の会議に) 出席できない」)
B それは本当かい?
A はい、先程お会いした時{こう/そう}おっしゃっていました。
ちなみに、(11)のように先行文が実際の発話の言葉通りのときは、コウを含む述語動詞「どなる」の口調に合わせて発話内容を発言すると、さらに、コウの容認性が上がる。
(11) さっきね、教室がとってもうるさかったから、教師になって初めて生徒たちに「黙れ」ってどなっちゃった。で、{こう/そう}どなったら、教室中がしーんとなったの。
(12) コウは、先行文を発言した者に向かっては用いることができない。
たとえば(13)で、母親は、先行文の発言者である太郎に向かっては、コウを使えないのに対して、先行文の発言者ではない花子に向かっては、コウが使える。
(13) (太郎と花子は幼い兄妹である。二人はけんかをしており、太郎は、止めに入った母親に花子のことを言いつける。それを聞いて母親は太郎と花子それぞれに確認する。)
太郎:花子が僕のおもちゃを取ったんだ。花子が悪いよ。
母親:*太郎、本当にこう思ってるの?
okねえ花子、太郎はこう言ってるけど本当なの?
(14)も同様に、先行詞を発言したAに向かってはコウが使えないが、第三者であるCに向かってはコウが使える。
(14) A お釈迦さまが生まれた四月八日は、日本でもっと、クリスマスと同じくらい大切な日として扱われるべきだよ。
B (Aに向かって) *君はいつだってこう主張したがるね。
(第三者であるCに向かって) okAがこう主張したところで、クリスマスと同じくらい浸透させるのは絶対に無理だよね。
この特性は、(15)の例文に見られるコレ/コノ〜の特性と関係がある。
(15) A 財布落とした。
B ええ!Aくん、*これどういうこと?okねえCくん、これまずいよね。
江口 巧 (2011) 「日英語の分析:意味と形式のおりなす調和」福岡:花書院
金水 敏・田窪行則 (1999) 「日本語指示詞研究史から/へ」『指示詞』金水・田窪 (編) . 151-192.東京:ひつじ書房
吉本 啓 (1992) 「日本語の指示詞コソアの体系」『指示詞』金水・田窪 (編) .105-122.東京:ひつじ書房