心理動詞を含む文の特異性とその構造


言語学・応用言語学専攻 増山由梨佳


1. はじめに

(1)   [S NPが [VP NPを Verb] ]

(2) a. *[S [NPジョンが自分iの車を壊したこと]が[VPメアリーiに子供を殴らせた]]。
  b. [S [NPジョンが自分iの車を壊したこと]が[VPメアリーiを驚かせた]]。(Saito and Hoji 1983, (14a))

(3) (2b)の構造
    [S メアリーiを [NPジョンが自分iの車を壊したこと]が 驚かせた]
(4) (3)のScrambling後の構造
    [NPジョンが自分iの車を壊したこと]が [S メアリーiを t 驚かせた]

2. 正位型と逆位型
 そこで、様々な心理動詞を(5)のような文に当てはめ、容認可能かを調査し、その結果、容認できるもの(正位型)とできないもの(逆位型)の二つに分類した。(情報処理振興事業協会の『計算機用日本基本動詞辞書』および『計算機用日本基本形容詞辞書』を資料の母体とし、意味として心理動詞と思われるものすべてを調べた。)

(5) 逆行照応: [S [NP・・・自分i・・・]が[VPメアリーiを/に・・・V・・・]]

(6)正位型の動詞:嫌う、楽しむ、憧れる、困らされる、信じさせられる等、全124語
(7)逆位型の動詞:怖がらせる、絶望させる、悔やませる、恨ませる等、全43語

3. 真性逆位型と擬似逆位型
 では、逆位型の動詞は全て(3)の構造をしているのだろうか。もしそうならば、逆位型の動詞は全て(8)のような文で容認可能となるはずであるが、実際には、容認できるもの(真性逆位型)とできないもの(擬似逆位型)にわかれた。

(8) 逆行連動読み: [S [NP・・・自分i・・・]が[VPメアリーとジェーンiを/に・・・V・・・]]

(9) 真性逆位型の例文
  a. [S [NP自分iの車を壊した人]が[VPメアリーとジェーンiを絶望させた]]。
  b. [S [NP自分iの従妹と結婚した人]が[VPメアリーとジェーンiを苦しませた]]。
  c. [S [NP自分iのことばかり考えている人]が[VPメアリーとジェーンiを怖がらせた]]。
(10) 真性逆位型の動詞:
    怖がらせる、考えさせる、苦しませる、絶望させる等、全9語

(11) 擬似逆位型の例文
  a. *[S [NP自分iの車を壊した人]が[VPメアリーとジェーンiに無実を信じさせた]]。
  b. *[S [NP自分iの従妹と結婚した人]が[VPメアリーとジェーンiに失敗を悔やませた]。
  c. *[S [NP自分iのことばかり考えている人]が[VPメアリーとジェーンiに彼を恨ませた]]。
(12) 擬似逆位型の動詞:
    悔やませる、憎ませる、怪しませる、恨ませる等、全34語

 真性逆位型は逆行照応、逆行連動読み共に容認できる。それゆえ、このグループの構造は、(3)のようになると考えるべきである。それに対して、擬似逆位型は、逆行照応は容認できるが逆行連動読みはできない。もし、このタイプの動詞も(3)の構造と仮定すると、逆行連動読みが不可能であることが説明できない。そこで、疑似逆位型については、(1)の構造であると考え、逆行照応は、必ずしもc-commandが必要条件ではなく、久野1978の「視点」が関わる現象であると考えたい。つまり、疑似逆位型の動詞はExperiencer寄りの視点を持つために、逆行照応が可能であるが、構造としては(1)であるため、逆行連動読みはできないのである。
 
4.まとめ
逆行照応の解釈 逆行連動読みの解釈 構造
正位型 できない できない (1)
擬似逆位型 できる できない (1)
真性逆位型 できる できる (3)