日本語の不定語・重ね不定語の特性と複文の分析

文学部人文学科言語学・応用言語学専攻 熊丸 令

1.はじめに

(1) 不定語に関する従来の説明:

 a. 不定語+φ ・・・ 疑問用法 ・・・ 誰・いつ・どこ・なに等

 b. 不定語+か ・・・ 存在量化用法 ・・・ 誰か・いつか・どこか・なにか等

 c. 不定語+も ・・・ 全称量化用法 ・・・ 誰も(〜ない)誰も(が〜する)等

本論は、不定語の分布を改めて観察することで不定語の新しい側面を見出すことを目的とした。

2.プレイスホルダー用法

(2) プレイスホルダー用法:具体的な情報が入るための空所の存在を示す役割を果たす

本論では、不定語には従来考えられてきた(1a-c)の用法に加えて、プレイスホルダー用法という用法がある、ということを主張した。(3)(4)はプレイスホルダー用法の例である。

(3) 係長は、誰がそのパーティーに来る、と発表した。

(4) 花子は、先生がいつ来るということをすでに発表している。

3.重ね不定語

(5) a. 単一不定語:誰・いつ・どこ・なに 等

   b. 重ね不定語:誰々・いついつ・どこどこ・なになに 等

重ね不定語には「か」や「も」を伴い存在量化や全称量化を表す働きはない。また、重ね不定語の場合、疑問のcomplementizer「か」と共起していても、疑問用法の解釈は容認されない。

(6) 太郎は、誰々があの本を見つけたのかと尋ねた。
[容認可能: 太郎が実際には「(田中/佐藤)があの本を見つけたのか?」と具体的な人名を言って尋ねた場合]
[容認不可能: 太郎が「{誰/誰々}があの本を見つけたのか?」と不定語を疑問詞とする疑問文を発話した場合]

(7) 重ね不定語はプレイスホルダー用法のみをもつ不定語である。

4.重ね不定語の分布

(8)の表に、疑問用法とプレイスホルダー用法の単一不定語と重ね不定語の分布をまとめた。ここでは、埋め込み文の機能に よって不定語の分布が影響を受けているということに注目した。

(8)
  容認度 単一不定語 重ね不定語
A.
疑問語用法
B.
placeholder
C.
疑問語用法
D.
placeholder
1. 単文 ok × --- ---





疑問文
埋め込み
2. と ok × --- ---
3. か ok × --- ---
4. かと ok × ×
疑問文
回答
5. と ok × ×
6. か ok × --- ---
7. かと ok × --- ---
様態 8. と ok × ×
9. か * --- --- --- ---
10. かと ok × ×
挿入句 11. と * --- --- --- ---
12. か ok × --- ---
13. かと * --- --- --- ---

この表から次のようなことがわかる。

(9) 重ね不定語が文中に生起するためには、埋め込み節がcomplementizer「と」を持っていることが必要である(注1)

(10) 重ね不定語が、「かと」節の中に生起するためには、主文の述語がYES/NO疑問文の埋め込みを容認しなければならない(注2)
ok(W‐C・W‐I) *(W−F・W‐L)


(注1) W‐Aは、主文の動詞そのものに疑問文を要求する働きがあるので、疑問用法をもたない重ね不定語はcomplementizer「か」を伴わずにはその条件を満たすことができない。
W‐Aの例:*先生は、誰々がやった、と尋ねた。

(注2) W−Fが容認できない理由は、(10)の条件によって説明することができる。
W−Fの例:*係長は、誰々がそのパーティーに来るかと発表した。