(1) a. 観客の一部が暴徒化した。(=観客の中の幾人か)
b. 一部の観客が暴徒化した。(=観客の中の幾人か)
(2) a. 心無い登山客の一部がゴミを捨てて行った。(=「心無い登山客」の中の幾人か)
b. 一部の心無い登山客がゴミを捨てて行った。(=登山客の中の「心無い」人々)
(3) a. 生き物は地球の一部だ。
b. *生き物は一部の地球だ。
(4) 問題:
「Xの一部」の解釈と「一部のX」の解釈は、一致する場合と異なる場合があり、異なる場合にはさらに「一部のX」のみが容認不可能となる場合がある。2つの表現の解釈がこのような関係を示すのはそれぞれどのような場合か。
(5) 主張:
「Xの一部」は、「Xの構成要素であるY」を表す表現であり、「一部のX」は、「Yの構成要素であるX」を表す表現である。そのため、「Xの一部」で、Xを複数として考え、「一部のX」で、Xを複数のXの中の一角として考えた場合、双方の表現の解釈は「複数のXの中のX」で、一致し、その他の場合には一致しない。
(6) Xが単数として捉えられる場合:「一つのXの中の一部分」
a. パンの一部にカビが生えた。
b. 亡くなった親友のハジメは、私の一部のようなものだった。
c. 路線の一部が復旧した。
d. ツイートの一部はデマだった。
e. プレーの一部に練習の成果が表れた。
f. 給与の一部を払った。
g. 投票は民主主義の一部だ。
(7) Xが複数として捉えられる場合:「複数のXの中のX」
a. パンの一部にカビが生えた。
b. 生徒の一部が手を挙げた。
c. 路線の一部が復旧した。
d. ツイートの一部はデマだった。
e. プレーの一部に練習の成果が表れた。
f. 給与の一部を支払った。
g. マニフェストの一部を取り消した。
(8) Xが集合Yの中の部分集合として捉えられる場合:「集合Yの中の集合X」
a. 一部の古い標本はとても臭い。
b. 一部の熱狂的なファンからコールが起きた。
c. 一部の危険な地域には避難勧告が出された。
d. 一部の危険なプレーが批判された。
e. 一部の情報源が不明なツイートに踊らされた。
f. 一部の過激な表現が論争を巻き起こした。
(9) Xが複数のXの中の一角として捉えられる場合:「複数のXの中のX」
a. 一部のパンにカビが生えた。
b. 一部の生徒が手を挙げた。
c. 一部の路線が復旧した。
d. 一部のツイートはデマだった。
e. 一部のプレーが批判された。
f. 一部のマニフェストを取り消した。
したがって、「Xの一部」のXが複数として捉えられ、「一部のX」のXが複数のXの中の一角として捉えられる場合は、双方の表現が「複数のXの中のX」という解釈で一致する。このように、「Xの一部」と「一部のX」の解釈のパターンは、それぞれXをどのようにとらえるかによって定まっているのである。
山森良枝 (2006) 『日本語の限量表現の研究―量化と前提の諸相―』東京:風間書房
江口正(2002)「遊離数量詞の関係節化」『福岡大学人文論叢』33:2148-2167
神尾昭雄(1977)「数量詞のシンタックス」『言語』6(8):83-91