ナンカとナンテは、一見、区別がないように見える。しかし、実際には、ナンカとナンテには(1)のように言い換え可能な場合と(2)のように言い換え不可能な場合がある。
(1) a. 君{なんか/なんて}大嫌いだ。
b. その本は面白く{なんか/なんて}ない。
c. もう迷って{なんか/なんて}ない。
(2) a. 見た目{なんか/*なんて}に騙されるな。
b. 不運{なんか/*なんて}ではない。
c. 太郎{*なんか/なんて}人信用できない。
d. 彼が事故にあった{*なんか/なんて}信じられない。
本論文では、ナンカとナンテが、それぞれどのように異なっているのかを考察し、ナンテには(3)、(4)の特徴があり、ナンカには(5)の特徴があるということを示した。
(3) ナンテがNP、CPに接続する場合、必ずその直後に音声のある名詞もしくは音声を持たない名詞φが生起する。
(4) ナンテがVP、APに接続する場合、その直後に名詞は生起しない。
(5) ナンカの直後に名詞は生起しない。また、ナンカはCPに接続しない。
(6)-(8)のように、ナンテがNP、CPに接続する場合には、その直後に名詞が生起する。このとき後続する名詞は、ナンテに先行するNP、CPを含む集合を表す名詞である。ナンテは後続する名詞から、例示していると考えてもよい。
(6) a. [NP太郎]なんて人、信用できない。
b. 僕に[NP逆立ち]なんて技、できっこないよ。
(7) a. [NP見た目]なんてものに騙されるな。/ b. [NP不運]なんてものではない。
(8) a. [CP明日が本番だ]なんて事実、考えたくない。
b. [CP彼が事故にあった]なんてこと信じられない。
また、(9)のように、一見ナンテの直後に名詞が生起していないように見える場合も存在するが、このときは、ナンテの直後に音声を持たない名詞φが存在していると考えている。
(9) a. [NP太郎]なんてφ 信用できない。
b. [CP彼が事故にあった]なんてφ 信じられない。
このように音声を持たないφが存在していると考えるのは、(10)の例でナンテが容認不可能なためである。
(10) a. *[NP見た目]なんてφ に騙されるな。/ b. *[NP不運]なんてφ ではない。
このことは、格助詞や、デハナイという表現の前に音声を持たないφが生起できないためだと考えれば説明できる。日本語では音声を持たない名詞φが生起可能であることはよく知られているが、当然、格助詞や、デハナイという表現の前には生起できないからである。
(11) a. *花子に[NPφが飼っている犬]が噛みついた。
b. *学生は[NPφではない人]を保証人とするべきだ。
ナンテがVPやAPに接続する場合、(12)、(13)のように、ナンテの直後に名詞は生起しない。
(12) a. もう[VP迷って]なんて(*こと)ない。
b. 彼のおやつを[VP食べ]なんて(*こと)しない。
(13) a. その本は[AP面白く]なんて(*こと)なかった。
b. まだ[AP眠たく]なんて(*こと)ない。
だからこそ、この場合のナンテは例示の意味を表さない。ナンテの直前の要素に対する話し手の軽視の意を表すのである。
ナンカがNP、VP、APに接続する場合、(14)-(16)のように、ナンカの直後に名詞は生起しない。
(14) a. [NP太郎]なんか(*人)、信用できない。
b. 僕に[NP逆立ち]なんか(*技)、できっこないよ。
(15) a. もう[VP迷って]なんか(*こと)ない。
b. 彼のおやつを[VP食べ]なんか(*こと)しない。
(16) a. その本は[AP面白く]なんか(*こと)なかった。
b. まだ[AP眠たく]なんか(*こと)ない。
VPやAPに接続する場合のナンテと同様、ナンカには例示の機能はない。(14)-(16)ように、ナンカは、その直前の要素に対する話し手の軽視の意を表していることが多い。ただし、(17)のように軽視を表さないナンカもあるが、この場合は、後続する要素から例となるものを選択しているわけではない。
(17) 動物では猫なんかかわいい。
また、ナンカはCPに接続しないという点でもナンテとは異なっている。
(18) a. *[CP明日が本番だ]なんか、考えたくない。
b. *[CP彼が事故にあった]なんか信じられない。