本論文でヨリ比較文と呼んでいるのは、次の(1)のような構文です。
(1) ヨリ比較文:
a. スマートフォンの操作はパソコン(の操作)より簡単だ。
b. 太郎の父親は花子??(の父親)よりハンサムだ。
本論文では、(2)の問題に取り組み、(3)のように提案しました。
(2) 問題:
(1a,b)には容認性に差があるが、どのような場合に括弧内を省略すると、ヨリ比較文の容認が難しくなるのか?
(3) 提案:
「AのXはB(のX)より〜」において、Xが具体的なモノを指示する場合に括弧内を省略すると文の容認性が低くなる。ただし、Xが総称的に解釈される場合や、一つのモノの一部を表す場合には括弧内を省略しても文の容認性に影響を与えない。
「具体的なモノ」を指示する表現とは、たとえば、リンゴ、鉛筆、自動車、ピアノ、掃除機、パソコン、車、…花子、太郎、母親、兄、猫、ペンギン、ライオン、作者、研究者、…というような表現です。これに対して、eventや感情、感覚、出来事を表す名詞や、なんらかの数値を指示するような名詞は具体的なモノではありません。そのため、以下の(4)のような場合は、括弧内を省略しても文の容認性に影響が出ないのに対して、(5)のような場合は、括弧内を省略すると文の容認性が低くなります。
(4) a. バイオリンの演奏はピアノ(の演奏)より難しい。
b. 校長先生の話は教頭先生(の話)より長い。
c. 阿蘇山の噴火はキラウェア山(の噴火)より大規模だ。
d. 文学部の学生は法学部(の学生)より大人しい。
e. 私の悲しみは彼(の悲しみ)より深い。
f. 春の大会は秋(の大会)より大規模だ。
g. 今日の帰りは昨日(の帰り)より早い。
h. 山田さんの性格は吉田さん(の性格)より穏やかだ。
i. 20世紀の人口は21世紀(の人口)より少ない。
j. 女性の平均寿命は男性(の平均寿命)より長い。
k. 寝室の中はキッチン(の中)より暑い。
(5) a. 恵子の消しゴムはヨシオ??(の消しゴム)より使いやすい。
b. アトムの製作者はドラえもん??(の製作者)より有能だ。
c. サトシのハムスターはあなた??(のハムスター)より大きい。
d. 犯人の少年は被害者??(の少年)より若い。
e. 『源氏物語』の作者は『栄花物語』??(の作者)より有名だ。
f. 田中さんの家は山田さん??(の家より)小さい。
g. 彼の鞄は由紀子??(の鞄)より大きい。
h. 3組の田中さんは4組*(の田中さん)より可愛い。
i. 田中家の父親は斎藤家*(の父親)よりたくましい。
j. ハイエナのリーダーはライオン*(のリーダー)より働く。
k. 4年の3組は3年*( の3組)より優秀だ。
Xが具体的なモノを指示する場合であっても、(6a)-(8a)のように括弧内の省略によって容認性に影響が出ない例があります。これらの例では、Xが総称的に解釈されていることがわかります。総称的に解釈されるというのは、Xが具体的なモノのことを指しているのではなく、何らかの特性を持つ集団を一般的に指示すると解釈されるということです。
(6) a. 金のスプーンは銀(のスプーン)より使いやすい。
b. ジョンのスプーンはピーター??(のスプーン)より使いやすい。
(7) a. ヤマハのピアノはカワイ(のピアノ)より弾きやすい。
b. 花子のピアノは太郎??(のピアノ)より弾きやすい。
(8) a. ドコモの携帯電話はソフトバンク(の携帯電話)より重い。
b. かなこの携帯電話は隆??(の携帯電話)より重い。
たとえば、(6a)の「金のスプーン」の「スプーン」は、個別的な1個のスプーンというより、金という特性を持ったスプーン全体の事を指しており、総称的に解釈されます。しかし、(6b)の「ジョンのスプーン」のように、唯一つの「スプーン」を指しやすい表現にすると、総称的なモノではなく具体的なモノを指示すると解釈されるようになり、括弧内を省略した場合に文の容認性が低くなります。
さらに、Xが一つのモノの一部を表している場合にも、(9)のように、括弧内の省略によって文の容認性に影響が出ません。
(9) a. 隆の腕はカズキ(の腕)より太い。
b. タマの尾はミケ(の尾)より短い。
c. マツの枝は杉(の枝)より太い。